大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

八橋簡易裁判所 昭和52年(ろ)1号 判決 1978年7月11日

主文

被告人を罰金一二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある紙箱詰カツターシヤツ一着(昭和五二年押第一号の一)封筒および右在中の一万円日本銀行券一枚(昭和五二年押第一号の二)は之を各没収する。

被告人から金二万四、一〇〇円を追徴する。

被告人に対し公職選挙法二五二条一項の選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用すべき期間を三年間に短縮する。

訴訟費用のうち、証人阪本俊光、同円山昭憲、同永田和憲、同岸本貞治、同中井勲、同森進に各支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五一年八月二八日に施行された、鳥取県東伯郡赤碕町長選挙に際し立候補当選した森進のため選挙運動に従事し、なお同選挙の選挙人であつた者であるところ

第一  同年二月下旬ころ、前記赤碕町大字出上一五四番地の前記森進の女婿である岸本貞治方の玄関先において、前記森進の長男かつその選挙運動者である森潔から、前記森進に当選を得しめる目的のもとに、投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼され、その報酬として供与されるものであることの情を知りながら、現金三万円の供与を受け

第二  同年三月一三日、前記同町大字赤碕一、四三五番地料理旅館神戸亭の二階客間において、前記森進の選挙運動者である福本頼人らから、前同趣旨のもとに、その報酬としてなされるものであることの情を知りながら、一人当り金四、一〇〇円相当の酒食の〓応接待を受け

第三  同年三月二〇日ころ、前記同町同字一、四八三番地前記森進方玄関内において、同人の妻かつその選挙運動者である森良子から、前同趣旨のもとに、その報酬として、供与されるものであることの情を知りながら、カツターシヤツ一着(紙箱詰、時価二、二〇〇円相当)の供与を受け

第四  前記選挙に立候補する決意を有していた前記森進に当選を得しめる目的をもつて、いまだ右立候補届出がない、第三事実記載の日時、場所で、同目的のもとに、投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動をなすことの報酬として、選挙人である小谷僚一に供与すべき紙箱詰めカツターシヤツ一着(時価二、二〇〇円相当)の手交方を右情を知りながら前記森良子から依頼を受けてこれを預かり、同年三月下旬ころ、前記同町同字七七四番地先道路において、右小谷に手交し、もつて供与の周旋をし、前記森進のため立候補届出前の選挙運動をし

たものである。

(証拠)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一ないし第三の各行為は、いずれも公職選挙法(以下「法」と略記する。)第二二一条第一項第四号・第一号に、判示第四の行為中、事前運動の点は、法第一二九条・第二三九条第一号に、供与周旋の点は、法第二二一条第一項第六号・第一号に、それぞれ該当するところ、判示第四の法第二三九条第一号の罪(事前運動)と、法第二二一条第一項第六号の罪(供与の周旋)とは、いずれも一個の行為で、数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段・第一〇条に則り、重い法第二二一条第一項の各罪の刑に従い、判示第一ないし第四の各罪は、それぞれ刑法第四五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、同法第四八条第二項により、各罪の罰金の合算額の範囲内において刑を量すべきところ、諸般の犯情を考慮して被告人を罰金一二万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、被告人が判示第一の行為により収受した現金一万円、判示第三の行為により収受した紙箱詰めカツターシヤツ一着は、法第二二四条前段・第二二一条一項四号により、没収し、判示第一の行為により収受した現金二万円、判示第二の行為により〓応接待を受けた四、一〇〇円相当の利益は、いずれもこれを費消し、没収することができないから、法第二二四条後段・第二二一条一項四号により、被告人から主文第四項掲記のとおり、その価格を追徴することとし、法第二五二条第一項・第四項により、情状によつて被告人に対し、選挙権および被選挙権を有しない期間を、三年間に短縮し、訴訟費用につき、被告人に対し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、主文末項掲記のとおり、負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、公訴権濫用の主張について

公訴棄却の判決を求める弁護人の主張の要旨は、「被告人が、公訴事実に示された選挙違反をしたとしても、その違反をなすに至つた動機・原因は森進(以下「進」という)成美郵便局長、岸本貞治(以下「岸本」という)赤碕町助役中井勲(以下「中井」という)ら三名(以下、進・岸本・中井三名を、「三名の者」という)が、被告人らに対し違反を教唆もしくは〓助し、または右の者らと謀議もしくは共同実行する等、直接間接の関与する等の行為があつたからである。しかるに警察および検察官は、この三名の者を不送致かつ不起訴処分とし、それより刑責の軽い、被告人らのみを起訴した。これは警察および検察官が、三名の者が何れも地方の名士かつ公務員の地位にあることから、その処遇を左右し積極的な捜査をせず、またその証拠も十分存在すると思われるのに、起訴もしなかつたからである。かかることは、法の下の平等の理念に反する公権力の行使に当ること明らかであり、右瑕疵ある捜査権の行使および公訴権の濫用にもとづいた、被告人に対する本件公訴は、棄却されるべきものである。」と謂うにある。

第二、本件公判に顕われた証拠上、三名の者について認められる事実について。

1  弁護人の「本件は進の近親者らが中心となり、計画した犯罪であること明白であるのに、警察はこれを送致せず、検察官も起訴しない。」という主張につき、右主張に添うような事実があるのか否か、全証拠につき検討してみるのに、三名の者および森良子(以下「良子」という)森潔(以下「潔」という)らは、異口同音に以下述べる事実を否定するものの、(一)昭和五一年二月上旬ころ、進が岸本に被告人を岸本方へ呼んでおくよう指示し、岸本はこれを被告人に伝え、被告人は友達の福本頼人(以下「頼人」という)を誘い岸本方に出向き、その際右二人に進は「選挙も近いうちにあることだし頼むけなあ」と言つたこと。(二)同月中旬ころ、進方において進が、被告人・頼人・その友達の小谷僚一(以下「小谷」という)の三人に、自分に応援してくれた者には、町の仕事をやるからなあ」と話しかけ、その帰り際、良子が右三人に舶来たばこ一箱づつを渡したこと。(三)岸本方において、被告人に進は「来る町長選挙の時は力になつてほしい」と頼み、被告人が話を終つて帰りかけた時、判示第一の現金供与の事実があつたこと。(四)そのころ進方において、被告人・頼人の両名に進は「町の若い者を引つ張つて選挙に応援してほしい」旨頼み、そのおり右三名が、次期町長選挙を控えて、進を推薦する会を結成しようとの相談をし進が場所はあとで指示するからと言つたこと。(五)判示第二の事実の神戸亭での宴席で進は「病気で立ち遅れたが、八月の選挙には、若い人達の力を借りて立ち上がりたいから、私を応援して貰いたい」旨、中井は「森町長さんを推薦して貰い有難う、酒林はずぶの素人で委せられない」旨、出席者に挨拶したこと。(六)良子が頼人に「後援会の相談があるから、宗敏さんを連れてきて下さい」と電話をかけ、被告人を進方へ呼出し、被告人が話を終つて帰りかけた時、判示第三、第四の事実があつたこと。(七)被告人を除く関連事件違反者の罰金および追徴金は、良子がこれをとり纏め納付したこと、等の各事実が認められる。

2  右事実によればこれを控え目に眺めたとしても、なるほど三名の者らは、被告人らに対し、判示各事実を実行させる目的で、その行為の煽動をした等、被告人らの選挙違反に大きな影響を与える行為をていしたことを肯認しうる。しかし乍ら判示第一ないし第四の事実において、被告人らに供与された金品が、進の懐から出たものか、そうだとしてもどのように経由したものか等、進との結び付きを認めうるだけの証拠はなく、また判示第一の事実において、現金供与時、潔の傍に岸本とその妻が付添い、岸本が口添えして、封筒を受取るように言つたと被告人が言つているのに対し、岸本はそのことを強く否定するところ、被告人の供述は自首時以来終始一貫し、かつ事実を具体的に述べているところより、岸本の供述に比べ措信しうるものと思うものの、潔ならびに岸本の弁解を覆しうるほどの、岸本の妻の供述その他の証拠がなく、また被告人の供述を支持しうる今一歩の証拠もなく、両者の供述は二対一の対立状態のままにあつて、現証拠のみをもつて、ただちにその真偽を決することまではできず、さらに判示第二の事実に関し、神戸亭の会合につき、その会合開催の日時、場所を決定したのは誰か、潔にいつどのように指示しどのように準備させたのか等、具体的な事実が今一つ明らかでなく、現証拠によつては、その点憶測の域を出ず、結局三名の者の共犯事実を認めるには証拠が十分でなく、よつて「証拠が十分あるのに、三名の者の刑責を免れさせるため、警察および検察官は、送致も起訴もしなかつた」という弁護人の主張は、一先ず排斤を免れない。

第三、本件関連事実に対する、警察の捜査について。

1  次に八橋警察署の執つた本件の捜査活動について按ずるのに、本件各証拠によると、同署は昭和五一年九月二四日、被告人の自首によつて端緒を掴み、続いて同月末ころまで被告人・小谷・頼人を取調べ、一〇月一日と二日に、判示第二の事実に関し、石賀昭一ら五名を、翌三日に、良子、潔、岸本の取調べをしたところ、良子は判示第三・四の犯行を認めたうえ、右行為は自分の一存でした旨供述し、岸本は判示第一の事実に際し、潔に加担した覚えはない旨供述し、また潔は判示第一の事実は、自分一人の考えでしたとの供述をし、判示第二の事実に関し、神戸亭に要した費用の計算についての供述までしたものの、その途中の午後七時一〇分ころ、突然署外に走り去り、以後姿を晦ませ、六日は中井を取調べたところ神戸亭に出席したが、選挙のことは知らない旨供述し、また同日自から出頭して出た頼人は、「神戸亭の集会は、町長から頼まれ指示されて開いた。町長から領収証用紙一冊を頼まれた。神戸亭へ午後七時五〇分ころ行つたところ、他の者はまだ来ていなかつたが、助役は玄関でテレビを見ており、町長が奥から出て来た。以上話したとおり、昨日話したことと合わせて、まちがいありません。」との九月三〇日と一〇月一日にした先の供述を翻えし「実は領収証は潔から頼まれた。神戸亭へ行つたとき町長はまだ来ていなかつた。神戸亭の開催は潔と二人で相談してやつた。」旨の供述をし、その後日取調べた進は本件違反に関係がない旨供述し、一時中止していた潔の取調も一〇月二八日から再開され、「神戸亭に支払つた金および被告人に供与した現金等一切は、自分の懐から出しており、父進とは相談したこともない」旨の供述をしている等の捜査経過が認められる。

2  右事実によると、八橋警察署は、被告人の自首に端緒を得た九月二四日から直ちに捜査に入り、同月末ころまでの間事件の外廓を把握するための捜査をなし、一〇月一日二日には、神戸亭に出席した石賀昭一らを取調べ、三名の者との相互補強関係にある事実を捜査する等それまでは迅速かつ順調な捜査が進められたもののその後は、良子と潔が、三名の者との関連性を否定し単独犯行だと主張し、挙句の果て、潔は姿を晦ませ、さらに頼人が三名の者の共犯事実を認めていた従前の供述まで翻えし、肝腎の三名の者も共犯事実を全く否定する等三名の者に関する取調の各供述は膠着し、捜査は暗礁に乗り上げ、結局大魚を逃して雑魚捕りに終つたという捜査結果に終つたことになる。右結果に終つたのは、「警察が現町長(進のこと)を庇うため、証拠湮滅工作を容認したためである」と弁護人が謂うので、その点についての判断を述べるとかかる結末に終つたのは神戸亭事件に関し、三名の者との関連性を警察から追求された潔が一早く姿を晦ませて、病気を理由にその後二五日間も在宅し、また頼人が、警察の取調べを受けている途中においても、頻繁に進らと接触を続けていたことが、証拠上明らかであることより、三名の者は潔や頼人を通じて警察捜査の手の内を知り尽し、よつて自己の取調べをうけた際の対応策を十分考えるだけの余裕のあつたことが、直接的な原因であろうと考える。

3  そこでかかる結末に終つた警察の捜査方法の是非についての判断に及ぶと、警察は、三名の者およびその直近の者の取調べに入るに先立ち、基礎捜査で掴んだ事実の一端でも補強するため、判示第一の事実につき、潔と岸本の傍に居たという岸本の妻を先ず取調べ、また判示第二の事実につき、神戸亭の席を予約した者、その代金および当夜のタクシーチケツトの運賃を支払つた者、判示第三・四の事実につき、カツターシヤツを仕入れた者、代金を支払つた者、また支払方法等、事件の周辺の事実から捜査し、後日になつてかくしきれない証拠を固めて、しかるのち、その証拠を切札として、中心的な者の取調べをしたというのであればともかく、またせめてその後になつてからでも、これらのことの捜査を遂げたというのであればともかく、本件の捜査経過は、証を得たのち人を求めるという、合理的近代的捜査の常石を忘れ、徒らに先を急いで傍証固めを、等閑にし、または忘れ、自白の獲得のみに労を費して、無益な問答を繰りかえすに過ぎない稚拙な捜査を執つていたため、潔に逃げられ、頼人に供述を翻えされても施す術もなく、さらに三名の者に対しても、詰めに欲しい持駒を持たないため王手をかけることもできず、遂に途方に暮れ、捜査を終熄せざるを得なくなつたのが、真相であろうと推認せざるをえない。結局このようなことから、折角自首し事件の全貌を警察に告げている被告人において、警察が弱い者苛めのみして、大物を逃がしたとの不信感を懐くのは当然のことであり、この点について警察は、十分反省すべきものがあると考える。右のとおり警察の捜査の失敗という事情のあることはともかく、そうだからといつて、本件捜査に従事した警察官が、潔に対する取調を故意に打切り、また頼人の供述の変更を共謀する等積極的に証拠湮滅に加担し、または容認したと認めうる証拠まであるわけではない。

4  次に「三名の者らが証拠湮滅を図つているのに、警察はあえて在宅捜査を続け、そのことを容認した」という弁護人の主張についての判断を述べると、潔が取調途中姿を晦ませて、その後、通院加療見込みの心因反応症なる病名の診断書を提出するに至つたため、警察は、これを逮捕留置することによつて、自傷自殺等の捜査事故の万が一発生することを懸念して身柄拘束を躊躇し、三名の者についても、本件が、被告人の自首によつて突然捜査が開始されたことより、その準備期間がなく、さらに証拠収集途中に、潔の逃亡等予見しなかつた障害が生じたため、三名の者の罪を犯したと疑うに足りる相当量の資料を纏めるに至らず、遂に、これらの者の身柄の拘束を断念せざるを得ずかえつて現場の捜査員としては歯軋りを咬んだのが真相であろうと推測する。

5  そこで警察の本件捜査が、三名の者を頭初より他の者と差別し取扱うという、不当な意図の下に、消極的な捜査したものかどうかの結論に入ると、警察が、本件等の捜査の結果、被告人らと三名の者とを、送致において区別し処理したことは、叙上記載のとおりであるが、捜査の結果、嫌疑の固まつた者と、固めるに至らなかつた者とを区別し処理したことが、特定人のみに目標を決めて取調べた等、不当な意図の下に捜査し、差別したものでない限り、前記事実をもつて不合理に差別した捜査であるということはできず、全証拠によつても、三名の者について、警察が、右のような不当な意思の下に差別し処理したという事実の存在を推認させるに足る間接事実も存在しない以上、警察が、前述の未熟な捜査によつて、証拠収集が不十分に終り、三名の者を立件送致しなかつた事実が明白であつても、結局これらの点についての弁護人の主張は理由がなく、採用できない。

6  続いて警察は、三名の者をはじめから被疑者として取調べ、その被疑者調書まで録取しておりながら、除外事由もないのに、刑訴法第二四六条の規定に反し、被疑者として送致しなかつたことについての判断を述べる。その事情につき本件捜査の現場責任者である当時八橋警察署捜査係長の円山証人が、「一応被疑者として取調べたものの、証拠が不十分であつたため」と供述しているが、なるほど三名の者の容疑を裏付ける証拠が十分でないことは前述のとおり頷きうるものの、何日間にも亘つて被疑者として取調べた三名の者の供述調書を、たとえ関連事件であるとはいえ、被告人らの事件送致記録に単なる参考人調書として添付し捜査終結したことは、明らかに法解釈を誤つた措置であり、延いては、検察官の事実判断を誤らせるに至つた原因になつたのではないかとも考えられ、このことは、本件が所謂警察本部長捜査指揮事件であるところより、実質的に本件指揮を執つた警察本部捜査第二課長が、その処理を誤つた捜査上の責任を負うべきものと思われるものの右は検察官の司法警察職員に対する刑訴法第一九三条第一九四条に関する問題として、両者の間において解決されるべき範疇に属するものと考えられ、前記不送致処分にしたのが、前記円山証人の「三名の者の証拠が不十分であつたため」という証言から、右理由にもとづいたものであること明らかであり、警察官において、三名の者を特に被告人らと差別する意図で、かかる措置を執つたと認めうる証拠がない以上、右事件処理の瑕疵が、被告人に対する本件公訴の効力にまで影響が及ぶものではないと当裁判所は解釈する次第である。

第四、検察官の捜査および公訴権の行使について

1  検察官において警察官から送致前の伺があり、または捜査の着手を事前に知つていたとでもいうのであればまだしも、警察が検察から独立し第一次捜査ができる捜査体制上、送致前の警察捜査に対し検察官が何らの指揮をしなかつたとしても当然のことであり、また関連事件の一部でも送致があれば残余の関連事件についても、検察官は警察を指揮するものの、本件は警察が第一次捜査の全てを終つて記録送致したものであるところより、送致前に生じた警察捜査中の問題についてまで、弁護人は検察官に対しとやかく言つているのではなく、検察官が送致受理後、三名の者に濃厚な容疑が認められ、警察がその取調までしていながら送致していない事実に気付きつつ、その後警察に対し指揮をなし、または自ら捜査もしなかつたのは、不当に差別した警察捜査を容認した疑があると謂うのでこの点について、各証拠を検討してみるのに、本件関連事件は、鳥取地検倉吉支部所属の検察官事務取扱副検事が捜査主任官になり、捜査の全部につき独りで従事したこと、右検察官は、送致受理した被疑者全員を公訴提起すると同時に、略式命令の請求をなし、不起訴処分としていないこと。検面調書は、一一月二六日から一二月八日までの作成日付であつて、起訴したのは一二月一八日であること、検察官が直接認知し取調べた被疑者や、独自に収集した書証や物証はないこと、進および神戸亭の経営者は参考人として取調べ補充捜査しているものの、中井・岸本を取調べていないこと、送致日後の作成日付の警察調書がないこと、等の捜査経過が認められ、また被告人が検察官に対し「そんなものが欲しくて、やつているのではないと、その封筒を受けとるのを断ると、岸本さんが、そんなことを言わず油代や足代にしてくれと言い、私に受けとる様に言つた」等警察調書と同旨の供述をし、進は被告人らの違反に全く関係していない旨、これも警察同旨の供述を続けている等の捜査結果が認められる。右事実によると、検察官は取調開始から起訴までの約一ヵ月間の捜査期間中に、三名の者の容疑事実に関する被告人の供述を録取までしており乍ら、岸本と中井を取調べず、また警察に補充捜査を指示したと推認しうる、送致した日以後の日付の警察調書も見当らないので、このことよりすれば、弁護人の検察官に対する主張は一応尤もと思える節がある。

2  その点につき主任検察官に、右理由を問い質したわけではないが、(本件公判時、右警察官は既に、山口地検管内に転勤していたためあえて証人としての取調べをしなかつた。)もし検察官が送致記録を読めば、被告人の自首の動機や警察が三名の者を前述の容疑で取調べたものの、証拠不十分のため送致していない等の事情に気付き得た筈である。それなのに検察官が被疑者として送致受理した者のみに重点を置いて取調べを進め、中井・岸本の取調を省いているのは、検察官が送致記録を検討したものの、警察が三名の者を取調べて否認のまま捜査を打切り、その着手から既に相当の日時も経ち、今更検察官において補充捜査をしてみたところで、もはや雁も鳩も飛び立つあとで、捜査も潮刻を失つており、到底公訴維持に耐えうる採証見込みがないと、判断した結果と推測する他なく、このことは検察官が他の書証を本件公判の冒頭手続き直後に、請求しているのに対し、三名の者の容疑事実を述べている被告人の自首調書のみを、結審前になつてはじめて請求している弁論の趣旨よりみても、検察官が、既に起訴した事実以上の事実まで及ぼそうとの意図のなかつたことが窺われ、もしそうだとすれば、「検察官は、三名の者の事実につき補充捜査も独自捜査もしなかつた」という譏りを弁護人から受けてもまことにやむを得ないことであろうと思われる。

3  前記事情が推認されるものの、そうであるからといつて、主任検察官に、三名の者の地位に拘るような人的場所的因縁も認められず、その他全証拠によつても検察官において、三名の者に対する捜査および公訴につき、これを積極的に避ける意思があり、また被告人らに限つて特に、捜査および起訴をしようという不当な差別的意図の下に捜査をなし、公訴権を濫用したと認めるに足る証拠がない以上、弁護人の検察官に対する右主張も理由がなく、採用しない。

第五、結論

以上述べたとおり、検察官および警察官において、ある特定人のみを対象とし、不当な差別的意図で捜査および起訴をしたという前提事実が全て認められない以上、弁護人の主張事実が憲法第一四条に違反し、刑訴法第三三八条第四号に該当するや否やの擬律判断に及ぶまでもなく、公訴棄却を求める右主張は理由がないことに帰する。

さらに弁護人が、右主張に付加し述べるところの、検察官が三名の者に対し捜査も起訴もしない以上、被告人に対しても、起訴すべきではなかろうとの意見に対し判断に及ぶと、被告人のした本件違反の罪質および後記する量刑の事情のとおり、被告人は、神戸亭での会合の開催にあたり、進の旗揚げの片棒を担ぐ等相当な役割りを演じている事等諸般の事情を総合し、判断すると、被告人に対する本件公訴が、公訴権の濫用とか起訴便宜主義の裁量の妥当性等について、判断しなければならない程、犯情軽微とは到底認めがたく、被告人を起訴した検察官の処分は、正当かつ妥当であろうと思料する。

(量刑の事情)

被告人は、判示第二の事実につき、その始めころ進から「町の若い者を引つぱつてほしい」との頼みを受け、その後頼人から、神戸亭で若い者を集めることになつた旨の通知を受け、開催当夜は、自己のマイクロバスを運転して被饗応者数名を狩り集め、さらに宴席上進推薦の挨拶をする等、その行為は、控え目に看たとしても、被饗応というより、むしろ饗応の幇助に相当する積極的な違反行為をし、更に判示第一の事実の、現金三万円の受供与をなす等、その非の責められるべきもの大なりと謂うべきものがある。しかし被告人が、これらの違反をなすに至つた縁由を辿ると、被告人の町民殊に責年層間からうけている信頼や、既住の選挙で示した運動実績等を進から見込まれ、「若い者の力を借りたい」との呼びかけを受け、以後これに応えて協力することになつた経緯より、結果においては、その方法を誤まつたものの、その動機においては、町政に対する熱意より発したものであるという、酌むに価する事情のあること。次に三万円の被供与につき、被告人はその際

「自分は金が欲しくてやつているのではない」と述べているところ、右供与に至るまでの被告人の動静およびその金を受けた後も、殊更進らに接近を深め、活動を活発化する等、右買収に左右されたことの顕われが推認される態度や行動の変化が認められず、自己の信念で行動したものと思われるのみかかえつてその後進から離反している事情等よりすれば、被告人が頭初より報酬金欲しさに進に接近したり、また金の授受時の辞退も単に儀礼的にそう述べたものとは思われず、現金被買収の悪質なること勿論乍ら、叙上の事情を、一掬すべきものがあるということ。被告人は、管轄警察署が未だ本件事実等を探知するに至つていない時期において、司法警察員に自首したこと。(しかし、「本件違反のあつた後被告人は進の人格や言動等に不信を懐き、遂にその反対派に鞍替えしたところ伯仲した選挙戦の結果進が当選した。そこで進が反対派に対し、前回と同様に何らかの報復をすることを懼れ、忠告したものの一顧だにされなかつた為、遂に警察へ訴えようと意を決した」という被告人の供述からすれば、右自首は自己の非の反省悔悟によるものというよりは、むしろ進派の違反の摘発が主な目的であつたと思われること、および約一か月も後になつて自首した等の事情はある。)被告人には、業務上過失傷害等罰金刑前科が三犯あるものの、何れも相当以前のものであり、かつ平素は生業に励み、まじめな生活を送つている者であること等、その他諸般の事情を合わせ考慮すると、主文のとおりの刑を量定するのが相当とした次第である。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例